はじめての土地で、はじめての農業。理想の田舎暮らしはここにあり!
奥 正好さん
福岡県→鹿島市
- 移住種別Iターン
- 移住の時期2020年
- お仕事そば農家
- 休日の過ごし方 夫婦で旅行
鹿島市にある、有明海を一望できる「七曲地区」。ミカン畑が広がるオレンジ海道を通り、さらに山を登っていった先にある絶景の中でそば農家を営んでいるのは、福岡県福岡市から移住した奥正好さんです。生まれも育ちも福岡市。農業も初めてという奥さん。なぜ佐賀の山間部へ移住し、そしてなぜそば農家になったのか?そんな気になる移住の経緯や今のお仕事についてお伺いしました。
移住の決め手は「景色に惚れて」
-- 今はそば農家さんをされているそうですが、もともと農業をされていたんですか?
奥正好さん(以下、奥):いえ、まったくしたことありませんでした。前職はフリーランスでWeb制作などをしていたのですが、その時のお客さんだった会社の社長さんが農地を紹介してくれたんです。
-- どんな流れで農地を紹介されることに?
奥:その方は風力発電や太陽光などの事業をされていて、風力発電の候補地として今僕が使っている農地があったそうなんです。ただ住民の許可や風の強さなどの条件に合わず、候補からは外れたみたいで。それを持って帰ってこられた時に、僕がたまたま事務所にいて突然「どう奥君、農業やってみたかろう?」って言われたんです。農業やってみたいなんて言ったことなかったんですけど、どうせ冗談やろうって思って僕も適当に「いいですね~!」って言っていたら、本当に2、3日後くらいに鹿島に行くことになったんです。
-- とんとん拍子で話が進んでいったんですね。いずれ農業やってみたいな、という気持ちはあったのでしょうか?
奥:一応定年くらいの年になったら田舎に住んで、農業やってみたいなっていうのはずっとありました。よくある悠々自適みたいな。それが25年くらい早まった感じですね(笑)。
-- かなり早まりましたね(笑)。最初に鹿島に来られたときの印象はどうでしたか?
奥:すごく良かったですね。有明海がこんなきれいに見える、この場所自体がすごく素敵だなと思いました。山と海が近くて。オレンジ海道を通るときも景色がとてもいいし、農地のある場所まで山を登るともっと雄大で。「これだけきれいだったら、なんかできるやろう」って。景色に惚れて移住を決めました。
-- 「景色に惚れて」って素敵な移住の決め方ですね!移住を決めた時には農業しようと思っていたんですか?
奥:そうですね。農地があるので農業するというのは決めてました。
移住を決断して半年で鹿島へ!?驚きのスピード移住。
-- では、移住を決めてから実際に移住するまでの流れを教えてください。
奥:最初に農業委員会(※1)から土地を紹介してもらって契約しました。そのあと住む家も必要だということで農地の周りにある集落の家を紹介してもらったり、農業委員会から農地の売買を有利に進めるために農地所有適格法人(※2)という資格を取った方がいいと教えてもらったので、法人登記をしたり。丁度そばの種まきのシーズンが始まったので、農地を整地して種をまいたり、という流れでした。
なので、4年前の3月に社長さんに連れてきてもらって、移住を決めたのがその3月。3カ月後に法人登記して、その2カ月後には種まきをしていましたね。
-- 改めて、すごいスピード感ですね。お家はいつ頃決まったのでしょうか?
奥:家は8月くらいに決まりました。3月に移住を決めてから何回か鹿島に行っていたのですが、その時にここ(今住んでいる家)の大家さんが不便に思ってくれたんでしょうね、「ここ半分使っていいよ」って家の半分を貸してくれました。ただ、事務所が欲しいと思っていたのと一部リノベーションが必要なところがあったので、事務所兼自宅になるように業者さんに改修工事をお願いしました。なので家が決まった8月から2カ月くらいは福岡から通っていました。
-- 通いながらおそばを育てて、家の改修もあって...。すごく忙しい生活だったんじゃないですか?
奥:忙しいというより、楽しさが勝ってました。そばって1回種をまいて少し作業したら、2~3カ月後くらいにはもう収穫なので、それまで何もないんですよ。だからその間にリノベーションをしたりしてました。自分でできるところは自分でしていたので。そういうのは楽しかったですね。
-- リノベーションも初めてですか?
奥:初めてでしたね。でも中学卒業してすぐの頃は大工をしていたので、割と感覚は掴みやすかったかもしれません。改修工事をお願いしていた業者さんにもいろいろ教えてもらいながら、友だちも遊びに来てくれたりして。それもあって楽しくやってましたね。
-- 移住に対する周囲の方の反応はどうでしたか?いきなりのことで驚かれませんでしたか?
奥:いや、あんまり驚かれませんでした。周りは「面白そうやね」って。農地を紹介してくれた社長さんも「がんばりようやん」って応援してくれました。移住する前は独身だったということもあって、自分だけでパッと決められました。
「居心地のいい」暮らしを実感。
-- 利便性のいい福岡市から鹿島市に移住することに対して不安はありましたか?
奥:あんまりありませんでした。福岡は好きなんですが、実際に鹿島に来てみたらすごく居心地が良くて、今は逆に福岡に戻りたくないって思っています。
-- 「居心地がいい」というのは具体的にどんな部分でしょうか?
奥:人との付き合い方ですね。福岡にいたときはマンションに住んでいたのですが、僕が住んでいたところでは顔を合わせてもあいさつをする程度でした。でもこちらでは、ご飯を食べさせてもらったり、野菜やミカンを貰ったり、すごく親身になってよくしてもらっていると思います。
あとは、自然が多いところもいいなと思います。福岡には色んな娯楽施設があったんですけど、思い返すとあんまり遊びに行ってなかったなと。自分にとっては必要なかったんですよね。佐賀は自然が豊かでせかせかしないので、むしろ心が豊かになった気がします。スーパーやコンビニも5分、10分ですぐに行けるので、意外と何でもあって不便はしていません。
-- 確かに都会とは人との距離感が全然違いますよね。
奥:そうですね、近いですね。近所に届け物とか行くと、「この後なんかあるとね?」って話しかけられて、何もなければ「じゃあ上がっていきんしゃい」って夕方くらいから飲み始めたり。その辺のコミュニケーションの取り方はまったく違うと思います。
-- 最初はそのコミュニケーションの違いに戸惑ったりしませんでしたか?
奥:大工時代に少し慣れていたのかもしれません。僕がいた場所は年配の大人が多かったので、10代からその環境にいたことで大人との会話スキルも自然と身についていたんだと思います。なのであまり戸惑うことはありませんでした。
ただ最初は、地元の方から「何しに来たんだ、この青年は」みたいな目で見られていたので、孤独感まではないんですけど、馴染めてないなとは感じていました。最初はやっぱり話せる人が少ないなと。
-- そこからどのようにして交流を広げていかれたんですか?
奥:地域活動には全部参加するようにしました。他のところもそうだと思うんですが、集落の方にとっては「自分たちの集落は自分たちで守る」という文化があって、保全活動や住民同士の交流の場はとても大切なイベントなんです。そういった場に積極的に参加することで、少しずつ住民の方との距離が縮まっていったのだと思います。
全部が初めて、でもなんとかなる!そば作りのはじまり。
-- 農業は初めてだったということですが、そば作りを決めたきっかけは何だったのでしょうか?
奥:ネットで調べて決めました。今の農地はもともとミカンの農地だったんです。ミカン畑って傾斜地にあって、水はけがすごくいいんですよ。土もふかふかしていて。それを移住するときに教えてもらっていたので、「水はけがいい、素人ができる」というこの2つのワードをGoogle検索に入れたら一番上に「そば」が出てきて、それで「そばにしよう」と決めました。
-- とてもあっさり決められたんですね!移住してお知り合いも少ない中でのそば作りはどうでしたか?
奥:何も知らず機械も持っていなかったのでなかなか大変でした。ただ、農業委員会からのサポートをきっかけにそばに詳しい方を紹介していただいたので、順調に作業を進められました。今となっては、始めるならそばじゃない方が良かったと思うのですが...。
-- そうなんですか?
奥:はい、初期投資が想像以上にかかったので。お米とかどこでも作っているものだったら周りが機械を持っているので、始めようと思ったら必要な機械は借りられるんですが、この辺はそば農家がいないので、そばを収穫する機械や乾燥、脱穀する設備とかがなくて。それに気づいたのが収穫するタイミングに入ってからだったので、YouTubeで使われている機械を調べてヤフオクで買ったりして、結構初期投資がかかりました。何も知らないままで農業に参入するのはやはりリスクが大きかったなと思います。
時間を自由に使う、移住後のライフスタイル。
-- では今度はプライベートについて。時計がお家にない、というのは本当ですか?
奥:はい、本当です。
-- ええ!時計のない生活ってあまりイメージが湧かないのですが、不便はありませんか?
奥:まったく不便はないですね。もちろん携帯で時間を見たりはしますけど、時計を気にしながら作業するというのはあまりありません。お腹がすいたら食べて、暗くなったら帰るみたいな日も多いです。
-- それが人間本来の姿のような気がしますね。そんな奥さんの1日の生活の流れを教えていただけますか?
奥:今は時間的な縛りがなくなったので、朝は遅く起きます。もともと朝起きるのはあまり得意ではないので、10時くらい。そこから朝食と昼食一緒に食べて、農作業やそば打ち体験の接客、スイーツの製造などを行います。ほかにも営業活動や会計、マーケティングやWebサイトのことなど、普通の会社だったら事務の方とかを雇ってする仕事も全部自分でやらなければいけないので、日によっては夜中まで仕事をしたりします。朝が遅い分、夜も遅くなりますね。たまに農作業がある日で、お昼12時くらいから作業したのに夕方5時とか6時に終わる日もあります。そんな日はNetflixを見たりとか、夫婦でゆっくり過ごしています。
-- 私も朝苦手なので、ゆっくり起きれるのうらやましいです。
奥:いいと思うでしょ。でも最近はあんまりよくないなって思っているんです。早く起きた方が1日が長く感じるし、だらけた気分にならない。早起きの価値がすごく分かりました(笑)。いま夜にやっている仕事も朝にすれば生産効率は高いと思うんですけど、やっぱり寝ちゃいますね。無理やり起きなくてもいい環境なので、自分を律するのが大変です。
-- 移住前とは生活リズムがかなり変わったんじゃないですか?
奥:かなり変わりましたが、今の方が自分には合っているなと思います。悠々自適な生活は定年後に、と思っていましたが、今となっては早く移住を決めてよかったです。これが60歳くらいになってからだと、体力面もですがコミュニケーション面が特にしんどかったんじゃないかな。今は30代だから分からないことがあっても先輩方に何でも聞けるし可愛がってもらえているし、なじみやすかったんじゃないかなと思います。このタイミングで移住してよかったです。
これからは自分の経験を活かして、地域のために。
-- 今後の目標などはありますか?
奥:地域に貢献できるような仕事をしたいと思っています。もともとはHP制作などをしていたので、仕事として「農業をする」ということにこだわる必要はなかったのですが、実際に山に移住して農業にかかわっていくなかで、この地域が耕作放棄地の増加や人口減少などの様々な課題に直面していることが分かってきました。とくに耕作放棄地が増えてしまうと、害獣の被害が増加したり、移住するきっかけにもなった美しい景観がなくなる要因になると知って、課題をさらに身近に感じるようになりました。これからはそんな課題に対して、自分が持っている知識とか経験、「とりあえずやってみよう!」と動き出せる行動力を活かして、集落の方たちが先祖代々守ってこられたこの土地を「僕も一緒に守りたい、役に立って恩返ししたい」と思っています。
-- 都会に住んでいると「地域のため」という発想にはなりにくいですもんね。
奥:そうですね。あったとしても少し視点がずれていることが多いと思います。地元に来て、地元の人にちゃんと話を聞かないと課題の本質は見えないと思います。
-- では最後に、移住を考えている方に向けて一言お願いします。
奥:ありきたりかもしれませんが、佐賀は自然が豊かなのがいいところだと思います。特に鹿島には海と山がそろっていて干潟もあるので!
あと、僕みたいに事業を始めるのにもいい環境だと思います。佐賀は行政の方との距離が近いんです。僕が福岡でフリーランスをしていた時は、行政の方との距離が遠いなと感じていました。でも佐賀の行政の方は、本当にめちゃくちゃ手厚く親身になって相談に乗ってくれるんです。僕は県庁をはじめ、市役所の農林水産課や農業委員会、産業支援課や商工観光課、鹿島商工会など多方面に相談をしに行くのですが、みんなきちんと話を聞いてくれて、イベントに呼んでいただいたり、補助金や資金面での話があると声をかけてくれたりしてくれます。
-- 新しいことを始めたいと考えている方にとっては、佐賀県はピッタリな環境なんですね。
-- 今日はありがとうございました!
インタビューを終えて
筆者もこれまで色んな移住者の方のお話を聞いてきましたが、奥さんのようなスピード感で移住をされた方は初めてで、その決断力と行動力に驚きました。縁もゆかりもない場所への移住を決めて、未経験の農業を始められた奥さん。明るくキラキラとした笑顔で今の生活を語る奥さんを見て、時には楽観的に、「とりあえずやってみよう!」という気持ちで行動することが大事なのかもしれない、と感じました。
移住してみたい、新しいことをはじめたい、そんな思いを持っているそこのあなた。奥さんのように、佐賀県で新たな一歩を踏み出してみませんか?
奥さんはそば作り以外にも、カフェや民宿など色んな事業をされています。気になる方は「かしま自然農園」のHPをご覧ください。
https://kn-farm.co.jp/
※1 農業委員会:農地や農業に関する相談、調査などを行う各市町村に設置された行政委員会のこと(農林水産省)。
※2 農地所有適格法人:稲作や畜産など農業を営む法人「農業法人」が、農地を所有するために、農地法に定める一定の要件を満たした法人のこと(農林水産省)。
気になった方は、農林水産省のページをご確認ください。
https://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/n_seido/seido_houzin.html
文章:堀江恵
写真:奥正好