言葉も文化も違うからこそ柔軟に受け入れる気持ちが大切

interview 37
2019.10.26 UP

 

徳永 和久 さん、ヴェラ さん

  • 和久さん(東京都から嬉野市へUターン) 、ヴェラさん(スロベニアから嬉野市へIターン)
  • 移住時期:和久さん(2006年)、ヴェラさん(2008年)
  • 現在のしごと: (株)徳永製茶
     

移住したきっかけ

もともと、日本語に興味があったヴェラさん。母国の大学で学んでいた日本語をもっと活用したいと仲良くなったのが今のご主人、和久さんのお兄さんだった。大阪に留学したとき、田舎暮らし体験として初めて九州へ。その時に嬉野も訪れ、そこからずっと家族ぐるみで付き合いがあった。東京と大阪、嬉野とスロベニアなど長年の遠距離恋愛を乗り越え、2008年、結婚を機に嬉野へ移住。今では4世代が集まる大家族で暮らしている。

 

移住する前の不安など

 嬉野に住むことについて、もちろん全く不安がなかったわけではないが、それは生まれた国が違うからというようなものではなく、嫁ぐ人がみな抱える不安と同じ程度のものだった。もちろん文化や風習はスロベニアとも東京や大阪とも違うが、嫁いでから違うと知ったことも多かったのでよかった。嬉野は移住する前に何度も訪れた場所だから大きな不安はなかった。自然が豊かなところなど、故郷と似ているところもあって安心する。

 

移住してからの暮らし

例えば結婚式や食事会など、ヨーロッパでは夫婦同伴が当たり前だけど、日本は男性だけなど1人だけ呼ばれることが日常的。仏壇にお茶やご飯をお供えするのもヴェラさんにとっては新鮮なことだった。日本でも都会では核家族が多く、日本の昔からの伝統や文化などを体験できることも少なくなっている。伝統あるお茶屋さんに嫁いだからこそ経験できる日本の風習も少なくないが、なんでも柔軟に受け入れることができるヴェラさんだからこそ、今の生活を楽しむことができている。

 

移住後の気持ちの変化

東京で暮らしていた和久さんにも、気落ちの面で大きな変化があった。東京と嬉野では、時間軸が違う。とてもゆっくり。嬉野に戻ってからしばらくは、東京の友人においていかれるのでは、と焦ったこともあったが、今はこのペースが心地よく感じるようになった。東京にいた頃は同僚たちが子供の保育園や幼稚園の抽選に外れたらどうしようと不安げだったが、ここでは産婦人科も保育園も選べるほどたくさんある。ちょっと都会の便利さが必要な時は、1時間くらいで福岡や長崎へ行けるので不便はない。せかせかしなくなったからこそ、おいしい空気でたっぷり深呼吸し、ノーストレス。今の環境は快適で何にも代え難い。

 


移住される方へアドバイス

地域のコミュニティには積極的に参加するほうがいいと思います。ひっそりと暮らしたい、という方もいらっしゃるでしょうが、地域に溶け込んだほうが生活するうえで便利になります。コミュニティに参加することを義務としてとらえるのではなく、友達作りの場と考えればいいかもしれません。
嬉野は過度に干渉されるわけでもなく、子育ての場面などではむしろ地域の目があるという大きな安心感があります。自分の世界を楽しみながら、適度に地域に巻き込まれると暮らす楽しみが増えてより住みやすくなると思います。

一覧へ戻る

 

Copyright (C) Saga Prefecture. All Rights Reserved.

閉じる